恋
よしもとばななの小説『王国 その2 痛み、失われたものの影、そして魔法』の中に、次のような文章が登場する。
「笑った顔がもう一回見たい。順番に服を脱ぐところとそれをたたむとことがあと一回でいいから見たい、泣いたところさえ見たいけれど、泣いているとうんと悲しい。それだけの気持ちが、恋なのだ。どんな人で、何をしていて、どういう考え方かなんて結局はその笑顔の中に全部入っている。もう一回触りたい、ただ触れ合いたい、笑いあいたい。そんな奇跡が起こって、またこれからもあるかもしれない、ただそれだけでいいのだ。見ていたいのだ、その涙の粒でさえも、もう消えていく。笑顔が見たいけれど、あまりにも透明できれいだから。そして二度とは目の端に輝かないかもしれないから。」
この文章は、主人公の女性である雫石(しずくいし)が恋人の真一郎について述べたものだ。
さらに彼女は、続けて次のように述べている。
「「今が今しかないことを感じさせてくれるのが恋愛なんだ」と、そんなあたりまえのことを、私は彼を通じてはじめて知った。」
私は今まで、恋の終わりを「未来が見えなくなったら終わり」だと思っていた。
例えば、旅行の予定を立てたり、どんな映画を観ようかと話したりと
このような未来のことを話すことが恋人同士の間になくなったら、二人の恋は終わりだと考えていた。
つまり、未来があるから恋は成立すると考えていた。
しかし、上記の二つの文章には、恋とは自分と恋人との「今」を、そして「瞬間」を感じることであると示されている。二度とは訪れることのない「今」および「瞬間」を恋人同士が感じあうことが恋なのである。それは「あたりまえのこと」なのであるが、意外と気付かないことなのである。
そのことに気付かせてくれたこの小説の中には、私をハッとさせるような言葉の魔法が散りばめられている。
きらめく言葉の魔法をシャワーのように浴びることができ、爽やかな読後感が残る小説だった。
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王国〈その2〉痛み、失われたものの影、そして魔法 (新潮文庫)
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