妖精の距離
武満徹:ヴァイオリンとピアノのための≪妖精の距離≫(1951)
良くも悪くも私の人生を変えてしまった1曲。
瀧口修造の詩作「妖精の距離」にインスピレーションを受けた武満は、
1951年にこの作品を発表する。
浮遊するつかみどころのないヴァイオリンの旋律と、
鉱石のように硬く輝かしいピアノの和音が心地よい。
武満は詩作「妖精の距離」について次のように述べている。
「ぼくには瀧口さんの詩について論じる資格はないんですが、瀧口さんの詩の仕事では『妖精の距離』がたいへん好きですね。好きというかそれでぼくは瀧口さんを知ったわけです。阿部芳文さんのデッサンを入れた豪華な詩集だった。ぼくがそのときに感じたのは、非常に透明な感じで、それはぼくが音楽の上で音に対して望んでいたものと近かったんですよ。『妖精の距離』のなかの「遮られない休息」と「妖精の距離」という詩によってぼくに響いてきたものがあって、それがぼくの最初の音楽の仕事なんで、特別に個人的にも忘れられないわけです。」*1
「非常に透明な感じ」と武満が言う瀧口の「妖精の距離」とはどのような作品なのか。
瀧口修造:「妖精の距離」
うつくしい歯は樹がくれに歌った
形のいい耳は雲間にあった
玉虫色の爪は水にまじった
脱ぎすてた小石
すべてが足跡のように
そよ風さえ
傾いた椅子の中に失われた
麦畑の中の扉の発狂
空気のラビリンス
そこには一枚のカードもない
そこには一つのコップもない
慾望の楽器のように
ひとすじの奇妙な線で貫かれていた
それは辛うじて小鳥の表情に似ていた
それは死の浮標のように
春の風に棲まるだろう
それは辛うじて小鳥の均衡に似ていた*2
詩人が見ている世界では「形のいい耳」が「雲間にあ」り、
「玉虫色の爪」が「水にまじ」る。
「小石」を「脱ぎすて」る。
この映像がどこからやってきたのか。
理性的に作られたものなのか、人為的なものなのか。
おそらくそれは詩人が自分の内側に深く潜って見つけてきた映像なのだろう。
何にも染まらない部分から。理性の介入しない部分から。
だから武満は「透明」という言葉を使ったのではないか。